俳人名鑑
八木三日女 (やぎ みかじょ)
大正13年(1924)〜平成26年(2014)89歳。 大阪府生れ。 「花」代表
平畑静塔に師事。「激浪」「雷光」「縄」等を経て「花」創刊。「海程」同人。昭和30年代の関西前衛俳句の女流として注目された.第6回鬣TATEGAMI俳句賞受賞。※旧制大阪女子高等医専(現・関西医科大学)出身。
句集:『紅茸』『赤い地図』『落葉期』『石柱の賦』『私語』『八木三日女全句集』
満開の森の陰部の鰭呼吸
赤い地図なお鮮血の絹を裂く
黄蝶ノ危機ノキダム創ル鉄帽ノ黄
マラソンの足扇形に滝の使徒
背を向けて密を煮るには暗すぎる
矢島渚男 (やじま なぎさお)
昭和10年(1935) 長野県生れ。「梟」主宰
「鶴」に投句。のち,同人。石田波郷没後「寒雷」に移り,加藤楸邨に師事。又「杉」創刊から澄雄に師事。両誌の同人。平成6年「梟」創刊。杉賞・第3回俳句四季大賞・第58回芸術選奨文部科学大臣賞・第50回蛇笏賞受賞。
句集:『采薇』木蘭』『天衣』『梟』『船のやうに』『延年』『百済野』『野菊のうた』『冬青集』 著作:『俳句の明日へ』『虚子点描』
姫はじめ闇美しといひにけり
逢へる辺の螢の息のやはらかに
梟の目玉見にゆく星の空
股太き土偶に割れ目豊の秋
青春にありしチェーホフ枯野にあり
銀河系銀河ちひさしたゞ寒し
戦争がはじまる野菊たちの前
木を植ゑる人に人類重くあり
安井浩司 (やすい こうじ)※初期の筆名:秋地一郎
昭和11年(1936)〜令和4年(2022)85歳。秋田県生れ。
永田耕衣に師事。寺山修司を中心とする十代俳句誌「牧羊神」に参加。昭和29年4月大学進学のため寺山と安井が上京。「牧羊神」の発行所も東京に移っていった。大学時代自由詩を本気で書き、同人誌「KLIMA」を編集、発行した。俳句同人誌「貌」「黒」「砂」創刊同人。昭和34年永田耕衣の「琴座」に同人参加。平成9年終刊まで在籍した。高柳重信の「俳句評論」、「Unicorn」「騎」等の元同人。第1回秋田県芸術選奨・第8回鬣TATEGAMI俳句賞受賞。※日本歯科大学出身。
句集:『青年経』『赤内楽』『中止観』『阿父学』『密母集』『牛尾心抄』『霊果』『乾坤』『氾人』『汝と我』『風餐』『四大にあらず』『句編』『増補安井浩司全句集』『山毛欅林と創造』『空なる芭蕉』『宇宙開』『烏律律』『天獄書』 著作:『もどき招魂』『聲前一句』『海辺のアポリア』『安井浩司俳句評林全集』
鳥堕ちて青野に伏せり青き脳
キセル火の中止(エポケ)を図れる旅人よひるすぎの小屋を壊せばみなすすき
旅人よみえたる二階の灰かぐら
二階より地のひるがおを吹く友や
御燈明ここに小川の始まれり
死鼠を常(とこ)のまひるへ抛りけり
法華寺の空とぶ蛇の眇(まなこ)かな
麥秋の厠ひらけばみなおみな
稲の世を巨人は三歩で踏み越える
汝も我みえず大鋸(おが)を押し合うや
万物は去りゆけどまた青物屋
師と少年宇宙の火事を仰ぎつつ
山尾玉藻 (やまお たまも)
昭和19年(1944) 大阪府生れ。 「火星」主宰
岡本圭岳、差知子の長女。両親に師事し幼いころより作句。平成7年「火星」主宰を継承。第56回俳人協会賞受賞。
句集:『唄ひとつ』『鴨鍋のさめて』『かはほり』『人の香』
遠足の列恐竜の骨の下
鴨鍋のさめて男のつまらなき
くちなしにぞろと着物の父の佇つ
夫覚ますごとく煮凝揺らしけり
かはせみの失せたる杭も初景色
山上樹実雄 (やまがみ きみお)
昭和6年(1931)〜平成26年(2014)83歳。 大阪府生れ。「南風」代表
山口草堂に師事。昭和23年「南風」入会。副主宰から、鷲谷七菜子の後を継ぎ代表に就任。第35回俳人協会賞・文学の森第3回山本健吉文学賞・第4回俳句四季大賞受賞。※大阪大学医学部出身。
句集:『眞竹』『白蔵』『山麓』『翠微』『四時抄』『晩翠』『春の顔』
秋時雨草々の根の深からず
すててこや一物も世のなつかしき
引鶴の骨身をたたく樗獅ゥな
侘助や嗄(しゃが)れごゑこそわが俳味
頬骨に保たれてけふ春の顔
山口 昭男 (やまぐち あきお)
昭和30年(1955) 兵庫県生れ。 「秋草」主宰
波多野爽波、田中裕明に師事。昭和55年「青」入会(平成3年終刊)。平成12年「ゆう」入会(平成17年終刊)。「静かな場所」同人を経て平成22年「秋草」創刊、主宰。2017年度第69回読売文学賞(詩歌俳句賞)受賞。
句集:『書信』『讀本』『木簡』『礫』
書信さはやか切干に影生まる
じやがいもの咲いて讀本文字大き
木簡の青といふ文字夏来る
ゆつくりと氷の上をこほる水
山口いさを (やまぐち いさお)
大正10年(1921)〜平成28年(2016)96歳。三重県生れ。 「菜の花」名誉主宰
戦後に俳句をはじめ「麦秋」「馬酔木」「年輪」などに投句。「れもん」創刊同人。昭和38年「菜の花」創刊主宰。第1回れもん賞.平成15年三重県文化功労賞受賞。
句集:『岬』『菜の花』『魚信』『山野』『待春』『伊賀大和』『二度わらべ』ほか
楽器屋が薪を割りゐし良夜かな
さしいづる一舟冬の舟溜
冬ぬくし波のくぼみに都鳥
溝をゆくすこしの水も澄みにけり
山口誓子 (やまぐち せいし)
明治34年(1901)〜平成6年(1994)92歳。京都府生れ。兵庫県在住。 「天狼」主宰
ホトトギスに投句。同人。四Sのひとり。東大俳句会を結成,中心人物として活躍。馬酔木を経て昭和23年「天狼」を創刊。多彩な同人を擁し,又誓子選遠星集から津田清子、小川双々子、鷹虫行など何人かの俊秀を輩出した。昭和24年第2回中日文化賞・日本芸術院賞・昭和63年に現代俳句の革新と普及に貢献したとして朝日賞受賞。日本芸術院会員。文化功労者.※旧制三高・東京帝大法科出身
句集:『凍港』『黄旗』『炎昼』『七曜』『激浪』『遠星』『晩刻』『青女』『和服『構橋』『方位』『青銅』『一隅』『不動』『雪嶽』『紅日』ほか 著作:『山口誓子全集全10巻』ほか
七月の青嶺まぢかく熔鉱炉
夏草に汽罐車の車輪来て止る
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
つきぬけて天上の紺曼珠沙華
麗しき春の七曜またはじまる
海に出て木枯帰るところなし
ひかりもの憂しこの世もの憂しきりぎりす
悲しさの極みに誰か枯木折る
炎天の遠き帆やわがこころの帆
夕焼けて西の十万億土透く
寒き沖見るのみの生くるいひもせず
一湾の潮しづもるきりぎりす
山口青邨 (やまぐち せいそん)
明治25年(1892)〜昭和63年(1988)96歳。岩手県生れ。東京都在住。 「夏草」主宰。
虚子に師事。当初,小説で虚子の激賞を受けホトトギスの花形作家になった。東大俳句会、東大ホトトギス会の結成に尽した。昭和5年「夏草」創刊主宰。90歳を過ぎても作句を続けた。工学博士・東大名誉教授(鉱山学)※旧制二高・東京帝大工科採鉱学科出身
句集:『雑草園』『雪国』『露団々』『花宰相』『庭にて』冬青空』『乾燥花』『粗餐』『薔薇窓』『不老』『繚乱』『寒竹風松』『日は永し』 著作:『花のる随筆』『雑草園夜話上下』ほか
みちのくの町はいぶせき氷柱かな
祖母山も傾山(かたむくさん)も夕立かな
たんぽ丶や長江濁るとこしなへ
菊咲けり陶淵明の菊咲けり
舞姫はリラの花よりも濃くなりぬ
銀杏散るまつただ中に法科あり
外套の裏は緋なりき明治の雪
こほろぎのこの一徹の貌を見よ
山口草堂 (やまぐち そうどう)
明治31年(1898)〜昭和60年(1985)86歳。 大阪府生れ。 「南風」名誉主宰。
水原秋桜子に師事。昭和6年「馬酔木」入門。昭和10年同人。昭和10年「南風」創刊主宰。昭和59年、鷲谷七菜子に主宰を譲る。第11回蛇笏賞・昭和54年大阪市民文化賞受賞。※早大文学部独文科に学ぶ。
句集:『帰去来』『漂泊の歌』『行路抄』『四季蕭嘯』『白望』ほか
露燦と俳諧やくざ恥多し
砂丘灼けつひにひとりの影尖る
涸滝の落ちゆく末は風の音
郭公の己が谺を呼びにけり
ふとわれの後姿よ枯野行く
山口都茂女(やまぐち ともじょ)
昭和7年(1932)岩手県生。 「藍生」
昭和30年西本一都に師事。「みちのく」同人を経て平成8年「藍生」創刊参加。みちのく賞・第3回俳句研究賞受賞。
句集:『微笑』『女面』『面打』『狐火』『大山蓮華』
灰いろの髪灰いろのさくらかな
面打ちのいちまい畳秋冷ゆる
女面打つ黒足袋を穿きにけり
ましろなる山伏を追ひ昼寝覚
山口波津女 (やまぐち はつじょ)
明治39年(1906)〜昭和60年(1985)78歳。 大阪府生れ。兵庫県在住。 「天狼」 同人
「馬酔木」を退き、誓子と「天狼」創刊に同人参加,。父は俳人の浅井啼魚。夫は山口誓子。*旧制大阪府立清水谷高女出身。
句集:『良人』『天楽』『紫玉』
香水の一滴づつにかくも減る
靴より水着出すとてすべて出す
炭俵底なる暗をつかみけり
松過ぎてなほ賀状来る賀状出す
山口優夢 (やまぐち ゆうむ)
昭和60年(1985) 東京都生れ。 「銀化」
中原道夫に師事。高校時代、第6回俳句甲子園個人最優秀賞を受賞と活躍。東大俳句会を経て、平成20年「銀化」入会。第56回角川俳句賞受賞。
句集:『残像』
小鳥来る三億年の地層かな
台風や薬缶に頭蓋ほどの闇
あぢさゐはすべて残像ではないか
心臓はひかりを知らず雪解川
山崎 聰(やまざき さとし)
昭和6年(1931) 清津生れ。千葉県在住。 「饗焔」主宰
和知喜八に師事。平成15年「饗焔」主宰を和知喜八から継承す.現代俳句協会顧問。
句集:『海紅』『無帽』『飛白』『忘形』『荒星』
はじめから山へ傾き木の実独楽
病院のうしろにさくら逃げられず
東国さびし南京豆におたふく豆
千年の形状記憶ひきがえる
青葉木菟ひとこえ鳴いて無聊なり
山ア十生 (やまざき じゅっせい) *旧号:十死生
昭和22年(1947)埼玉県生れ。 「紫」主宰・「豈」
関口比良男に師事。「紫」編集長を経て,主宰継承。埼玉文学賞・埼玉県現代俳句大賞受賞。
句集:『招霊術入門』『伝統俳句入門』『花鳥諷詠入門』『山ア十生句集』『大道無門』『秩父考』『悠々自適入門』『恋句』『原発忌』『未知の国』『銀幕』
車座になつて銀河をかなしめり
気をつけて死んで下さい春隣
風のないときは乱れてゐる芒
行乞の我は月光菩薩かな
春の地震などと気取るな原爆忌
山崎ひさを (やまざき ひさお)
昭和2年(1927)東京都生れ。 「青山」名誉主宰
岸風三楼に師事。21歳から句作。「若葉」「春嶺」同人を経て、昭和57年「青山」創刊主宰。令和2年名誉主宰に就く。俳人協会顧問。第5回詩歌句大賞・第21回横浜文学賞受賞。
句集:『歳華』『日吉台』『神南』『百人町』『続百人町』『龍土町』『青山抄』『新龍土町』 著作:『やさしい俳句』他
原爆忌一つ吊輪に数多の手
兵の墓死後も隊伍を組み寒し
母の日の母に帝国ホテルかな
花火師も花火の筒も闇に立つ
山下知津子 (やました ちずこ)
昭和25年(1950) 神奈川県生れ。 「件」「麟」
野沢節子に師事。昭和48年「蘭」入会。同人。平成7年退会、のち「街」を経て平成17年同人誌「麟」創刊代表。蘭賞受賞。
句集:『文七』『髪膚』
毛糸選る欲しき赤とはどれも違ふ
男を死を迎ふる仰臥青葉冷
ふたりからひとりの生まれ朧月
十万年後のきれいな空気黄水仙
あたたかし汚れて猫も人間も
山田弘子 (やまだ ひろこ)
昭和9年(1934)〜平成22年(2010)75歳。 兵庫県生れ。「円虹」主宰・「ホトトギス」
高浜年尾、稲畑汀子に師事。ホトトギス同人。平成7年「円虹」創刊。大阪俳人クラブ会長(10代目)。昭和52年雨月新人賞・第2回伝統俳句俳句協会賞・平成14年度兵庫県文化賞・第3回日本詩歌句大賞受賞*武庫川学院女子短大英文科出身
句集:『こぶし坂』『懐』『春節』『蛍川』『草蝉』『残心』『月の雛』『山田弘子全句集』
くちびるのだんだん愉快草の笛
地球儀が小さく見えてアマリリス
午後三時酔芙蓉なほゑひもせすん
みよしのの花の残心辿らばや
島人も旅人もなく月に濡れ
本音とはときに激しく牡丹鍋
山田真砂年(やまだ まさとし)
昭和24年(1945)東京都生れ。 「未来図」
鍵和田秞子に師事。昭和61年「未来図」入会。編集同人。第19回俳人協会新人賞・未来図賞受賞。
句集:『西へ出づれば』『海鞘食うて』
ほうたるのあのあたりから地雷源
八月の人の形に濡れし砂
雁落ちて風のくぼみの湖国かな
山田みづえ (やまだ みづえ)
大正15年(1926)〜平成25年(2013)86歳。 宮城県生れ。神奈川県在住。 「木語」主宰 *終刊
石田波郷に師事。昭和32年「鶴」入会、同人。昭和54年「木語」創刊主宰。平成16年終刊を決める。国語学者山田孝雄の次女。鶴風切賞・第14回角川俳句賞・第15回俳人協会賞受賞。※旧制宇治山田高女出身。日本女子大国文科に学ぶ。
句集:『忘』『木語』『梶の花』『手甲』『草譜』『昧爽』『中今』 著作:『忘・不忘』『風のこゑ』
悪女たらむ氷ことごとく割り歩む
から松を死ねよ枯れよとさるをがせ
あたたかく猫に慕はれゐて困る
鮨押すや折れむとばかり母は老ゆ
いつか死ぬ話しを母と雛の前>
山田佳乃 (やまだ よしの)
昭和40年(1965)大阪府生れ。 「円虹」主宰・「ホトトギス」
母、山田弘子に師事。平成13年「円虹」入会。平成20年「ホトトギス」同人。平成22年「円虹」主宰継承。第21回日本伝統俳句協会賞受賞。
句集:『春の虹』『波音』『残像』
神々の高さに鷹の光をり
マスクして他人のやうに歩く街
いつしかに水は眼を得て白魚に
木の芽吹く人の時間に木の時間
山田麗眺子 (やまだれ いちょうし)
明治36年(1903)〜平成8年(1996)91歳。 愛知県生れ。 「南風」創刊主宰
臼田亜浪に師事。大正9年「石楠」入会、12年同人。 昭和21年名古屋で「南風」を創刊。
句集:『大王崎』『冬海』『桂林』『渓谷』『黒海』『白樺『讃岐野』『山田麗眺子全句集』ほか
冬海の見えねば宿の燈にもどる
囮かけここ大王崎に人の棲む
石を拾ふ黒海も秋と呟やきて
滝壷の水おのづからひとすぢに
白樺に鴉とわれと雪の界
山中葛子(やまなか かつこ)
昭和12年(1937)千葉県生まれ。 「海原」
金子兜太に師事。「炎星」「黒」俳句評論」などを経て昭和37年「海程」創刊に同人参加。昭和47年八木三日女の「花」にも参加した。第2回花賞・第17回海程賞受賞。
句集:『魚の流れ』『縄の叙景』『青葉天井』『球』『水時計』『かもめ』『愛惜』
白壁の街に売らんと鴎鳴かす
白蛇の部屋なめらかにストロー挿し
はぐれ鴨けえけえと照りしやがむかな
ちどりちどり利根川ふっと海に入る
外灯の金粉かなかなかなしいぞ
朝はじまる浅蜊の悲しみ食べてあげる
山西雅子(やまにし まさこ)
昭和35年(1960) 大阪府生れ。神奈川県在住。 「星の木」・「舞」主宰
岡井省二に師事。「晨」を経て岡井省二の「槐」創刊に参加。同人。平成20年「星の木」創刊同人。平成22年「舞」創刊主宰。第1回槐賞受賞。
句集:『夏越』『沙鴎』『雨滴』 著作:『花の一句』『旧かな入門』『俳句で楽しく文語文法』歌集『花を持って会いにいった』
また夜が来る鶏頭の拳かな
大空にしら梅をはりつけてゆく
春泥のもつとも窪むところ照り
芋虫にして乳房めく足も見す
うしろより春の埃に吹かれたる
山根真矢 (やまね まや)
昭和42年(1967) 京都府生れ。 「鶴」
星野麥丘人、鈴木しげをに師事。平成9年「鶴」入会。同12年同人。第15回俳句研究賞受賞。
句集:『折紙』
少年の時間の余る夜店かな
折紙となる前は紙春疾風
蟷螂の斧上げてより考ふる
山本鬼之介(やまもと きのすけ)*旧号 飛鷺子
昭和13年(1938)東京都生れ。 「水明」主宰・「面」
昭和46年「水明」入会。運営同人。平成30年副主宰を経て主宰を継承。「面」同人。兄は山本紫黄、姉は星野明世など俳人一族。
マネキンを目白へ運び冬霞
山眠り伸ばしてみたる乳房かな
春の家けふは国旗を出しをりぬ
炎昼の畑で焼るる畳かな
誰がための挙手の礼かな秋の海
山本左門 (やまもと さもん)
昭和26年(1951)東京都生れ。大阪府在住。 「韻」
小川双々子に師事。学生時代、寺山修司の俳句に心酔。平成7年、小川双々子の「地表」に入会.同人.第5回地表賞・第17回現代俳句協会新人賞受賞。
句集:『星痕集』『殉教』『星蝕』『星餐』
芹レタスセロリパセリよ血を浄めよ
風花や硝子を走る硝子切り
乱歩忌や空気枕を膨らます
受難節肉屋の鉤のひとつ空く
早春の岬や斧を置くごとし
山本紫黄(やまもと しこう)
大正10年(1921)〜平成19年(2007)86才。 「水明」「面」
西東三鬼に師事。昭和24年より身内の連なる「水明」に参加。その後三鬼の「断崖」に学ぶ。のち「面」「俳句評論」同人。父は山本嵯迷。近親に沢本知水、長谷川秋子、星野明世、山本鬼之介など。「水明」の重鎮。第1回水明賞受賞。
句集:『早寝鳥』『瓢箪池』
花ざかり昼から飲めば昼つづく
六月の砲丸かまへ手首痛みぬ
生別もいづれ死別や春の水
マンホールの蓋は男や秋の風
牛乳飲む片手は腰に日本人
山本洋子 (やまもと ようこ)
昭和9年(1934) 東京都生れ。大阪府在住。 「晨」
波多野爽波,桂信子、大峯あきらに師事。「青」同人。昭和45年「草苑」創刊同人。のち「晨」同人参加,編集を担当。昭和45年度青賞・草苑賞・第12回現代俳句女流賞・第51回俳人協会賞受賞。
句集:『當麻』『木の花』『渚にて』『稲の花』『櫻』『夏木』『寒紅梅』
人日の納屋にしばらく用事あり
紅梅やゆつくりとものいふはよき
夕顔ほどにうつくしき猫を飼ふ
北行きの列車短し稲の花
ヒマラヤの麓に古りし暦かな
日は沈み月はのぼりぬ近松忌
松風の奥にわらびを摘みにゆく
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